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雑誌掲載紹介

国際ジャーナル VOL.13 NO.159/平成7年9月1日  対談/ゲスト 大石 吾朗

木材の一般加工から特殊加工までを手掛ける(有)田中特殊加工。昭和57年に先代が創業し、高い技術力が評判を呼んで全国津々浦々から注文が絶えない。先代の急逝により昨年の3月に奥様である田中社長が跡を引き継ぐこととなり、従業員の固い結束で危機を乗り越えた。今後は若手の育成に力を注ぎ、業界の活性化にも貢献したいと意欲的。これからも木のぬくもりを伝える素晴らしい商品を提供して頂きたい。


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周囲の人々への感謝の気持ちを忘れない
「周りの人あってこその自分」ということを日々感じながら…。

大石 こちらの御創業はいつですか。
田中 昭和57年に主人がこの会社を始め、昭和59年に法人化しました。順調にいっていたのですが、昨年の3月に主人がガンで他界してしまいましたので、私がその跡を継ぐことになったのです。会社を存続させるかどうか迷ったのですが、従業員、そしてお客様にも迷惑がかかりますから、続ける決心をしました。
大石 なるほど。こちらのお仕事内容を簡単に説明して頂けますか。
田中 敷居や鴨居、柱等といった一般的な造作加工から床のフローリング加工や天井、壁等を手掛けています。特殊加工と言うのは、アールをかけたものでして、装飾的な部分を施します。私共はドイツ製「十軸モルダー」を日本で最も早く導入しました。また、エンドマッチ加工を得意とし、一般造作加工まであらゆる加工技術を持っております。
大石 高度な技術が必要でしょうね。
田中 ええ。まず刃物を成形することから始めて、その刃物にしても図面と全く同じではいけないのです。
大石 と言いますと?
田中 刃物を回転させて削っていきますので、その回転分まで考えて刃物を作るには、熟練した技術者の勘だけが頼りになります。私共では特殊加工の他の建具関係も手掛けています。
大石 割合としては、特殊加工の方が多いのですか。
田中 今はフローリングが流行っていますので、フローリング加工が主になってきています。特殊加工の方は、注文があった時点でお受けしているのです。私共で手掛けているのは、既製品ではなくオリジナルの注文加工ですので、注文を受けた段階で型から作って加工します。
大石 大変な手間がかかりますね。
田中 ええ。洋服で言えば、オートクチュール的なもので、一つ一つを丁寧に仕上げていきます。
大石 現在、従業員の方は何名ですか。
田中 11名で、最近若い人を3名ほど入れました。木材関係の職人さんは、高齢の方が多く、次の世代というのがなかなか育ちません。お陰様で私共では、腕の良い職人が主人の跡を継いでいろいろと難しい加工を手掛けてくれていますが、そういった腕の良い若い職人が育っていないのです。そこで、今後は若い人材を育てようと積極的に雇用し、こういった木材技術が廃れないようにしたいと思っています。
大石 当然個人差もあると思いますが、どのくらいで一人前になりますか。
田中 特殊加工以外の仕事は5~10年で一人前になれると思います。特殊加工については、その人の研究熱心さにもよりますが、15年くらいかかるでしょうね。ですから、人材が育ちにくいのです。
大石 大変な年月がかかるのですね。
田中 そうですね。今回の新しい従業員の人選は、飽きないで続ける気持ちのある人ということで決めました。
大石 新しく入られた方以外は、やはり年齢層も高いのでしょうか。
田中 ええ。73歳の工場長を筆頭に年齢は高めですね。しかし、みんな非常に元気です。(笑)工場長は高齢なので、辞める気持ちが固まっていたのですが、主人の病気が回復して復帰するまで頑張るということで、働いてくれました。ところが、主人が亡くなりましたので、「あと1年間は居て欲しい」と頼んだところ、快く「体が動く限り頑張ります」と言ってくれました。ただ、いつまでも工場長の好意に甘える訳にもいきませんし、主人の納骨も無事終わりましたので、勇退してもらえるようにしようと思っています。
大石 人に恵まれているのですね。
田中 そうなのです。実は先日占い師の方に観て頂いたのですが、私が良い人に恵まれているのは、私の先祖に徳の高い人がいて、多くの人々に徳を施したので、その人々の霊が私の周りに守りについているのだと言われました。ですから、私も周りの人は皆、私の守り神なのだとおもって感謝しています。今は趣味であるダンスやマジック、江戸芸の“南京玉すだれ”などの練習で充実していますし、先程申しましたように、主人の納骨が終わり、やっと一区切りついたという感じです。
大石 そうでしたか。

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田中 また、主人はハーレー・ダビッドソンが好きで、闘病中も「元気になったらハーレー会に入る」という夢を持っていました。それでその遺志を継いで私がハーレー会に入りました。
大石 オートバイに乗られるのですか。
田中 いえ。まだ、免許取得中です。身体が小さいのでなかなか大変ですが、(笑)まずは第一段階の小型からということで学校に行って挑戦しています。ハーレーは主人の横に乗っているだけでしたが、主人が亡くなってからは誰も運転する者がいないため、機械が悪くなってしまうことを心配していました。それで何とか動かしてくれる人をと探していたところ、ハーレー会の方と知り合ったのです。今、私のハーレーを運転して下さっている方は、かつてはハーレー8台のオーナーであった草加の田中社長です。ハーレー会の方には本当によくして頂いていまして、会長のお力添えで主人の納骨もハーレー会で参加して頂き、サイドカー4台とソロのハーレー6台の計10台で、ここから上野のお寺までパレードしてもらいました。
大石 それは亡きご主人も喜ばれたことでしょうね。
田中 ええ。ハーレー会の方のあたたかいお心で、主人の最期を飾ることができました。
大石 社長からご覧になって、先代はどういう方でしたか。
田中 主人は、本当に仕事の鬼でした。朝から晩までずっと仕事に掛かり切りで、妥協することが嫌いでしたから、とことんやり抜く人でした。
大石 職人気質だったのですね。
田中 ですから、皆様の信望も篤かったのです。それが今でも仕事がどんどん入ってくる要因なのだと思います。
大石 社長に代替わりして従業員さんの反応はいかがでしたか。
田中 以前より結束を固くして頑張ってくれています。主人の場合は仕事のすべてが分かっていましたから、主人の指導の下で仕事が進んでいました。ところが、私はそういった技術的なことは何も分かりませんでしたから、「私が受けてくる仕事を今まで通り納期を守り、きれいに仕上げれば、女社長でもきちんとやっていけるとお客様にも分かってもらえるのではないか。だから、品質を落とさずに仕事をして欲しい」と皆に話しました。お陰様で主人がいない分、みんながそれぞれの責任を自覚して、仕事をしてくれるようになりましたね。
大石 社長が気丈に頑張っておられるのを皆さんも感じ取ってのことでしょう。ではお仕事上のモットーをお聞かせ下さい。
田中 「お客様に喜ばれ、お客様の心に応えられる仕事をしていく」ということです。それが、自分の喜びにもなります。
大石 最後に今後の展望についてお聞かせ頂きたいと思います。
田中 最近では日本の材木ではかなり少なくなり、国産の物を使いたくても高級品になってきているため、家の全部を国産の材木でという訳には参りません。そこで私共の高い技術で加工し、きれいに作り上げた建具などを、家の装飾として必ずどこかに使って頂きたいのです。それがワンポイントとしてあるだけでも、木の香りのする家づくりというお客様の夢の実現が可能ですから、そのお手伝いができればと思っています。
大石 お身体に気をつけて、お仕事に趣味にバイクに益々頑張って下さい。

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